よつき経済研究所

航空産業を専門に研究している経済学者の森本裕です。神戸にある甲南大学で教員をしています。このブログは火曜日と金曜日に更新しており、火曜日は「旅行に役立つ航空」について、金曜日は「経済学で身につける思考の技術」について記事を投稿します。また、大学教員ならではということで、今どきの学生気質や大学の裏事情についても不定期で発信します。

経済学に関心がある方は、ホームページ(https://yotsuki-compass.com/)にもお越しください。ツイッター(https://twitter.com/yotsuki_compass)でも最新ニュースに経済分析を加えています。

経済

富が下までしたたり落ちるとしても・・・
新自由主義的な競争を重視した政策について議論するシリーズの第4回です。これまで、勝ち組富裕層の消費によって底辺まで潤うという「トリクルダウン効果」について書いてきました。3番目の記事では、統計データを使ってトリクルダウン効果は生じなかったと書きました。そして、労働者を保護するための規制が必要であることを述べました。





今回は、仮にトリンクルダウン効果があるとして、それが受け入れ可能なのかどうかについて検討してみましょう。

みんなが豊かになるなら、格差は拡大してもいいのか?
はじめに、次の状況についてどちらが望ましいかを考えてみてください。


世界A 富裕層:年収10億円 労働者:年収500万円
世界B 富裕層:年収1000万円 労働者:年収400万円

世界Aは格差は大きいけれども、普通の人の収入もそこそこあります。世界Bは富裕層の収入も1000万円と格差は小さいですが、労働者の収入も低くなっています。

ここでのポイントは、世界Aの方がみんな豊かだというところです。

この質問をTwitterでもしてみたところ、結果はこのようになりました。
fefw
票数が26と少ないのが気になりますが、世界Bの方がいいと答えた人が3人に1人もいます。世界Aよりも明らかに全員が貧しいにもかかわらず、世界Bを選んだ人がこれだけいるのは驚きではないでしょうか?

この結果から分かることは、少なからぬ人が豊かさよりも平等を重視しているということです。言い換えると、経済的・物質的な豊かさよりも、人々が等しく暮らすことの方が大切だとする価値観を持っている人がかなりいるのです。

勝ち負けの差を、後で調整できるようにしよう
経済学者に限らず政治的エリートたちはきっと、「たとえ大富豪がもっと金持ちになったとしても、一般国民の暮らしが改善するのであればそれでいい」と考えているはずです。

それだから、格差の拡大を容認しつつ経済成長を追究する政策を取り続けています。経済のパイ自体が大きくなれば、その多くを富裕層が取ったとしても、普通の人が食べられる部分も多くなるからです。

ところが、3人に1人という意外と多くの人たちが、格差拡大の方を問題だと認識しています。あくまでも少数派ではありますが、無視することはできない人数です。

パイ自体を拡大することは豊かな生活のためには必要なことなので、規制を緩和して企業の力を引き出す政策は妥当です。ただ、勝ち組が圧倒的になるというのは受け入れがたいということであれば、わたしたちの社会は相続税や所得税の累進性を高めるなど、分配面を重視した方向に進んでいくのが良いのかもしれません。

トリクルダウン効果はあったのか?
規制緩和によって経済活動を活性化させようという新自由主義ですが、格差を拡大させるという批判も見られます。格差は拡大しようとも、低所得層にも恩恵があることを主張するのが「トリクルダウン理論」です。

社会全体の富の量が大きく増え、かつ格差の拡大が緩やかな場合は、格差拡大と低所得者の底上げは両立可能であると述べてきました。





理論的には富裕層から低所得者へと富がトリクルダウン(したたり落ちる)ことが分かりましたが、小泉改革は低所得者にとってプラスだったのでしょうか?厚生労働省の賃金構造基本統計調査を使って検証してみましょう。

なお今回使っているのは、不正問題で揺れる毎月勤労統計調査ではなく、賃金構造基本統計調査(こちらの信頼性も危ういですが)です。

男性は所得減 女性は所得増
まず、低所得者を所得水準が下から1/4よりも低い人と定義しましょう。この人たちの収入が自由主義的な改革によってどうなったかを検証します。

検証に使うのは、2001年と2017年の賃金構造基本統計調査です。この統計は、サンプルの事業者に対してアンケートを行い、その回答を集計したものです。

男性の第一四分位での所得の変化を見てみましょう。第一四分位という見慣れない用語が出てきましたが、第一・四分位と区切ります。下からちょうど1/4の人の所得を表しています。
fa
25-29歳と55歳以上は所得額に変化はありませんが、その他の年齢では軒並み所得が減っています。

低所得者とはいえども、40代であれば2001年には300万円を超える収入がありました。それが、2017年には30万円も減ってしまいました。
sa
女性はどうでしょうか?こちらは概ね所得水準が改善しています。2001年は中高年の所得が150万円ほどでしたが、2017年には180万円くらいに増加しました。

ちなみに、全年齢で見ると男性は236万円から229万円へと7万円の減少、女性は168万円から182万円へと14万円の増加でした。

非正規雇用の拡大と最低賃金の引き上げと
男性は非正規雇用拡大の影響を強く受けているものと考えられます。20世紀においては男性は正社員として働くのが一般的でしたが、今では生涯非正規にとどまる人もいます。

労働者派遣は1999年と2004年に対象分野が拡大され、あらゆる産業で派遣社員が一般化しました。この結果、正社員として働くことが困難になり、低所得層の賃金水準が下がりました

女性はというと、もともと非正規で働く人が多く賃金水準も高くはありませんでした。非正規雇用では最低賃金が給料の基準になることが多いですが、これが大幅に引き上げられたことが所得増につながったのでしょう。

実際、最低賃金は全国平均で2001年に662円でしたが、2017年には848円へと28%も上昇しています。

なので、女性の所得上昇は自由主義的な改革の成果というよりも、最低賃金という労働規制の強化によるものと考えられます。

トリクルダウンは起きなかった
以上をまとめると、富裕層が豊かになったところで下の方まで富がトリクルダウンすることはないようです。むしろ、非正規雇用の増加によって負け組の生活が苦しくなったのではないでしょうか?

なぜトリクルダウン効果が起きなかったかというと、結局のところ富裕層が富をため込んだからです。野村総合研究所の報告書に面白い調査がありました。
dwa
所得層別の金融資産の額ですが、資産額1億円以上の「超富裕層」と「富裕層」の金融資産が激増しています。2000年は合わせて171兆円でしたが、2015年には262兆円になっています。

トリクルダウン効果とは富裕層の消費によって下へ下へと富が流れることを指すものですから、富をため込まれたのでは効果は全く発生しません。

競争促進政策一般についてはさらなる検討が必要ですが、労働者保護に関しては規制緩和の度が過ぎていたようです。派遣業の規制や最低賃金引き上げで、もっと労働者を保護する必要があります

敗者は、勝者の恩恵を受けるのか?
規制緩和によって経済活動を活性化させようという新自由主義ですが、格差を拡大させるという批判も見られます。格差は拡大しようとも、低所得層にも恩恵があることを主張するのが「トリクルダウン理論」です。

競争の勝ち組となった富裕層が消費を増やすことで、富がしたたり落ち(トリクルダウン)、それが庶民をも潤すというのが基本的な主張です。

格差が拡大する、つまり富裕層がより豊かになると、庶民は富を搾り取られて貧しくなりそうなものです。しかし、格差の拡大と庶民の底上げが両立しうることを前回の記事では述べました。


今回は、どのようなときに、トリクルダウン効果が本当に発生するのかを考えましょう。

プラスサムでも庶民が貧しくなりかねない
まずは、ゼロサムの世界を見てみましょう。この世界では、富の量は一定です。そして、1人の富裕層と10人の庶民がいるとしましょう。

初期状態では、富裕層は年収2000万円、庶民は年収500万円とします。このとき、世の中の総所得は7000万円です。

ここから、富裕層が年収3000万円へとより豊かになりました。ゼロサムの世界では総所得は一定なので、庶民の年収は400万円になってしまいます。

したがって、単純に勝ち組・負け組を分けてしまうだけでは、強者が分捕った分だけ弱者は貧しくなることが分かります。つまり、ゼロサムなのであれば、勝ち負けが付かないようにした方が庶民にとっては良いわけです。

トリンクルダウン効果が実現する条件は?

ゼロサムでは勝った人がいる分だけ負けた人は貧しくなってしまうので、格差拡大と庶民の底上げが両立するためには、規制緩和で経済自体が大きくなる必要があります。

では経済が大きくなればそれでOKなのでしょうか?再び、富裕層が1人と庶民が10人の世界を考えましょう。

先ほどと同じく、初期状態で富裕層は年収2000万円、庶民は年収500万円とします。世の中の総所得は7000万円です。

これが、富裕層の所得が3000万円に増えつつ、経済が5%成長したとしましょう。総所得は7350万円に成長しているので、庶民の年収は435万円です。

この例から分かることは、格差の増大に対して成長が少ないときは、庶民の収入は減ってしまうということです。したがって、規制緩和によって庶民が幅広く恩恵を受けるためには、経済成長によるパイの拡大が大きいことと、富裕層が勝ちすぎないこと、の2点が必要なわけです

トリンクルダウン効果はあったのか?
さて、今回の記事ではトリクルダウン効果(富裕層が豊かになることで、庶民も恩恵を受ける)が発生する条件について検討しました。

小泉改革で自由主義的な改革が行われましたが、実際に庶民も恩恵を受けたのでしょうか?次回は、この点についてデータを使いながら検討していきたいと思います。

本当に、外国人を受け入れない方がいいのか?
入管法の改正案が2018年12月18日の国会で成立し、労働力として外国人を受け入れるように政策が大きく変更されました。この政策について、これまで本ブログでは批判的な立場から記事を書いてきました。


上記事で主張した通り、外国人受け入れは国益を損なう政策であることは間違いありません。ただ、世界全体という観点からの考察はまだ済んでいません。

よくよく考えてみると、世界全体にとってはプラスになる可能性もあります。経済学のツールを使って、経済全体の「厚生」の観点から政策を評価してみましょう。



日本人にとってはマイナスだが・・・
以前の記事で、外国人受け入れで得する人・損する人がどのような人たちであるかについて説明しました。

おさらいすると、安価な労働力が手に入ることから雇用主と株主にとってはプラスです。また、商品価格が低廉になることから、知的な業務を行う上位のサラリーマンにとってもプラスです。

これに対して、外国人と仕事を取り合うことになる非正規の人たちにとってはマイナスです。物販・製造・介護の分野に外国人が入ってくるので、これらの職種の賃金は下がってしまうためです。

低所得層の賃金低下と格差の拡大が深刻な問題になるため、日本の国益を損なうことが予想されます。これが、筆者が一貫して外国人受け入れに反対してきた理由です。

外国人には恩恵がある
ところが、もっと視野を広げてみると賛成すべき理由が見えてくるかもしれません。

まず、日本に入ってくる外国人にとっては必ずプラスです。母国にいるよりも訪日することを選んだわけですから(専門的には「顕示選好」という)、彼らにとっては確実にメリットがあります。

まら、日本に出稼ぎにきた人は仕送りをしますので、母国に残った家族にとっても恩恵があります。

外国人受け入れは、「国際貢献」である
さて、日本の政策転換によって得する人・損する人が出てくることは分かりましたが、結局のところ全体としてトータルではプラスマイナスどちらの方が大きいのでしょうか?

これについては、「厚生経済学の第一基本定理」から答えを知ることができます。この定理を簡単に言うと、「自由な交易を認めたときに実現する経済状態は最も効率的である」ということを示しています。

ここでは労働力の自由な交易、つまり、国境を越えた労働者の移動を認めることによって、全体としてはプラスになると解釈できるのです。

これが自由貿易推進やWTO(世界貿易機関)設立の理念になっているのですが、モノであれ、ヒトであれ、とにかく自由に国境を越えられるようにすることが、世界全体としてはメリットになるわけです。

とはいえ、当然国レベルではマイナスになることもありますし、今回の外国人受け入れも日本にとってはやめるべき政策です。もしも、国際貢献の一環として、日本で高賃金を得る機会を外国人に提供するというのであれば話は別ですが

これから受け入れるのは、低賃金の単純労働者
外国人労働者の受け入れが決まりましたが、財政の観点からも問題があることを述べておきます。

まず前提として、新たに受け入れる外国人は単純労働者です。賃金水準が高いマネージャークラスや専門家はこれまでも受け入れていたので、これから増えるのは低賃金の労働者です。
fara
11月14日の毎日新聞からの引用ですが、業種別での受け入れ見込み人数が出ています。上から順に、介護業・外食業・建設業と低賃金ブラックで有名な業が並んでいます。日本人が避けたがるところに、外国人を入れようというわけです。



14.4万円の税負担に対して、財政支出は109万円
では、このような外国人を入れると日本の財政はどうなるのでしょうか?年収が300万円として試算してみましょう。

独身で年収300万円の人が負担する税金は、年間でおおよそ所得税が24,000円と住民税が120,000円です。

これに対して一般会計からの財政支出は、国が62兆円と地方が75兆円で、合計137兆円です。ここでは、借金の返済である国債費・公債費と、国と地方の重複分である地方交付税交付金等は除いてあります。また、税収は国税62兆円と地方税40兆円の合計102兆円です。

そうすると、1人当たりの財政支出は109万円、税収は81万円ということになります。

これらと比べると、外国人が支払う税金が明らかに少ないことが分かります。所得税と住民税に加えて、消費税や酒税・たばこ税を負担することを考えても、外国人の受け入れは財政的にはマイナスなわけです。ですから、あくまでも財政の観点からは、単純労働者を入れても状況を悪化させてしまうのです。

ちなみに、年収1000万円クラスの専門的人材を受け入れた場合はどうでしょうか?独身であれば所得税は77万円、住民税は60万円ほどです。合わせて137万円ですから、財政収支の観点からは圧倒的にプラスだということが分かります。

↑このページのトップヘ